JAZZピアニスト、キース・ジャレットの1999年作品。
おだやかで、とても静かなピアノソロ演奏です。
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なぜ、
「音楽」というものが私たちには必要なんだろう。
私たちは、音楽なくしては決して生きていけない。
ほんとうにそうだと思う。
もしもこの世に「音楽」がなかったら、人間は生きられない。
真実は、それが真実であればあるほど、その存在理由は説明不可能だ。
「音楽は私たちにとって必要である」ということが、まぎれもない真実でありすぎるために、その真実性を証明することが不可能なのである。
しかし僕は、この「The Melody At Night,With You」というアルバムを聴くたびに、「なぜ音楽が私たちに必要なのか?」..その理由がすごく分かる気がする。
キース・ジャレットというピアニストは、非常に多彩なテクニックをもっているけれど、どちらかと言うとインプロヴィゼイション的でエモーショナルな演奏のほうに僕は印象が強かった。
そんな彼が、病気で倒れ演奏できなくなってしまった時期を経て、発表されたこの作品である。
多くの人が知っているスタンダード曲を、丁寧に、ゆっくりと確かめるように演奏している。
「なぜ、この旋律なのか?」「なぜ、このコードなのか?」
そういうことを確かめるため..であるかのように、じっくりと弾いている。
「The Melody At Night,With You」というアルバムタイトルは、「あなた」という2人称(With You)に向けられているという設定であるけれど、そのタイトルと曲名を一見しただけでは、夜中に恋人と聴くためのロマンチックアルバムというふうにしか思えないかもしれない。
いや、ロマンチックであっていい。
じっさいとってもロマンチックな雰囲気だ。
タイトルにならって、夜遅く、ほどよく小さな音で聴いてみるとよい。恋人や妻といっしょでもいい。独りでもいい。
メロディーの中に丁寧に配置された1音1音すべてから、幾多の楽曲を経験してここまでたどり着いた天才ピアニストの思いが、そして「私たちには音楽が必要なんだ」という思いが、胸がぎゅうっと痛くなるほどに伝わってくる。
それが「ロマンチック」ということなのかもしれないな。
なぜ、私にとってあなたが必要なのか?
なぜ、人間にとって「恋」は必要なのか?
という命題と、「なぜ音楽が必要なのか?」という命題は、じつは同じ構造なのかもしれない。
何年も聴き続けているアルバムだけれど、毎回僕は聴くたびに、1〜2曲目くらいで「なぜ「音楽」というものが私たちには必要なんだろう。」という難問が頭を過りだす。そして、ずっと聴いているうちに、その答えが不思議と分かってくる気がする。
何回聴いても、「音楽がなぜ必要なのか?」ということを毎回のように気づかさせられるのだ。
しかし、その「なぜ」への答えを言葉で説明することはとても困難だ。そもそも「音楽の存在理由」を音楽以外で説明することは不可能だとも言える。そしてつまり、言葉で説明できないことそのものが「私たちにとって「音楽」が必要である」理由に他ならない。
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言葉で、人を説得すること。
何かを、人と価値共有すること。
同じ目的に向かって、同じ手段で達成に向かうこと。
それらは、とっても困難だ。
たとえば、
よく似た価値観どうしの家族だけれど、実際はそれぞれが別に人格を持つものどうしが住む場所としての「家」をつくりあげていくとき、単純な箇条書きのコトバや、いわゆる「間取り」の要望だけでは、何も「真実」は見えてこない。
では、「真実」を見つけるのために何が必要なのか?
でも、
「真実」を「見つける」?
「真実」なるものは存在するの?
その答えはこうだ。
「真実」を見つけようとすること、つまり「真実」を言語化することは不可能なのだということに気づくことが必要なのだ。そして「真実」を見つけるために必要なことは、言語化できない領域に「真実」があるということに気づくことが最も必要なのだ。そして真実は、私たちが向き合っているそのド真ん中のどこかにあるはずだ、と思う。
「私たちにとって、なぜ「家」が必要なのか?」
という命題は、きっと「私たちにとって、なぜ「音楽」が必要なのか?」によく似ているんだろう。
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(試聴できます)
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