「中庭」の思い出をたぐる(フィレンツェ編)


最近、文献をひもときつつ、Google Earthをつかって世界各地の「中庭のある建築」を研究中。
あらためて比較して見てみると、いろんな形状やサイズの中庭があるのが確かめられます。


 
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Google Earthを探索しながら、僕の身体的記憶を辿りながら「中庭体験」を思い起こします。
15年ほど前、事務所独立前の長い休暇。
イタリアからスイスとフランスをまわって、いくつかの都市に約1週間ほどずつ、妻と2人でじっくりと過ごしました。
少ない海外旅行歴しかない僕らにとっては貴重な体験です。
どの都市の中庭も、とても魅力的でした。
でも、とくにその心地良さが今でも強く印象に残っているのは、フィレンツェの街の中庭です。(上の画像)
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ちょっと記憶をたぐってみましょう。
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午後のまったりした時間帯。
お昼を食べそびれた僕と妻は、2人で街をのんびりと歩いていた。
5m幅くらいの道路。
4階建くらいの石造りの古い建物が道路沿いにびっしり並んでいる。
1階は商店やレストランがウインドウを構え、
2階以上はすべてホテルや住居となっている。
ヨーロッパの都市建築では、お馴染みの構成だ。
ゆっくりと散策しながら、こじんまりした店構えに目をつけ、あそこで何か食べられるかな?と。
そこは、すこし地元向けっぽい小さなレストラン。
ランチタイムあとの暗い店内では、お店の経営者とおぼしき老夫婦が、2人だけで賄いのペペロンチーノをすすっている。
イタリアらしい、オリーブオイルとニンニクのいい香りが鼻をくすぐる。
ボンジョ〜ルノ!!
ちょっとおそいけど、ご飯食べられますか?(イタリア語で言ったかな?)
モチロンさ!!どうぞ!(たぶん)
僕らは、立ち上がって出迎えてくれたニンニク臭いオジさんに肩を押されて店の一番奥まで通された。
どうする?中庭にするかい?と、ニンニクおじさんが明るく声を上げる。
店の一番奥は、2mくらい上にあがる階段状になって、室内より少し見上げる高さにある明るい中庭につながっていた。
うん、モチロン!!
陽気なイタリアおじさんに調子を合わせるように、僕らは階段を少しのぼって外に出た。
中2階の高さにある中庭は、
明るくて、春の空気が気持ちよくて、適度な高さの白い壁に囲まれ、花や緑で飾られて、僕らが人生で経験したことがなかった心地良さに満ちていた。
しかもそこは、レストラン専用のスペースじゃなくて、その中庭を囲む他の建物の住人たちのリビングスペースでもあった。
ちっとも豪華じゃない、とても親しみを感じられる「自然な」空間。
ちょっぴり華奢な椅子とテーブルに落ち着いた僕らに、おじさんは夢中になってイタリア語でメニューの説明をしてくれる。
僕らは調子を合わせて、適当に何品かオーダー。
おじさんはニコッとしてOKサインを出し、やにわに僕の奥さんをギュ〜と抱きしめて、ほっぺにチュウ。おばさんに睨まれつつ、厨房の方に嬉しそうに引き返していく。
そして、街で暮らす人たちと同じ空気を吸いながら、ゆったりとした食事。
ちょっと炒めすぎのカルボナーラは、なんとなくフィレンツェの家庭の味がした。
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たしかこれが、この旅で初めての「中庭での食事」でした。
街の雰囲気と、地元の人の生活と、観光客である僕らへのホスタピリティが、すべてほどよく混ざりあった絶妙な心地良さ。
きっと意図的には決して演出できないシークエンスなのだと思います。
上の写真(Google Earth画像)をもう一度みてください。
右の街区と左の街区と、真ん中の街区を比べると、中庭の型式やサイズが全然違うことが分かります。
たぶん、僕らがあのとき体験した中庭があったのは、真ん中の街区にある少しごちゃごちゃした建物。
上から見ると、ちょっと落ち着かなそうにみえます。
でも実際には、そのヒューマンスケールさが非常に心地良い。
それぞれの中庭は、平均しておよそ10坪くらいかな。
そして、僕らがいた場所は中2階レベル。
そこから他の建物への階段がいくつか通じている。
そのおかげで、まわりの建物はスキップフロアみたいに段々になっていて、実際より少し低く感じられる。
その囲まれる空間の感じがとても丁度いい。
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適度なスケール感の「刻み」と、そのリズム。
「中庭の心地良さ」は、前述のとおり、総合的には意図的演出が難しいものだけれど、それをバックアップする「建築のしかけ」はデザインすることができる。
建築家としてスタートしたばかりの僕は、この体験でひとつ大きな勉強をしたのでした。
そのことを最近、しみじみと実感しているところなのです。
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