凪のように、秋のゆるりとした空気 — 阿佐ヶ谷住宅

業務にて杉並区内をちょこちょこと巡回。
途中、阿佐ヶ谷住宅の敷地内を通過します。(ちょっと修正.追記あり)


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阿佐ヶ谷住宅。
昭和30年ごろできた、日本住宅公団と前川國男事務所の設計による低層集合住宅群です。
樹木、
曲がりくねった車路、
林の小道のような路地、
コンクリートブロックの小さな建物、
切妻屋根…
ささやかな、生活感。
数百戸の小さな「住処」が、
塀のような囲いもなく、公園のような環境の中にむき出しのまま、ゆったりと配置されています。
無惨に増改築された棟もあるけれど、ほぼ原型通りのシンプルな形で残されている棟がたくさんあります。
そのシンプルで無駄のない姿に、僕は、ちょっとウットリしてしまうことさえあります。
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しかし、
立て替えの計画は確実に進行していて、
多くの住人は既に立ち退いてしまっています。
住み手を失った「家」は、もうすぐ取り壊されてしまうのを静かに待っているようです。
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僕は、ノスタルジーや感傷的な思いをあまり語りたくはないのですが、
この阿佐ヶ谷住宅が立て替え計画で示されているような中層建物に変わってしまうことによって、「昭和」という時代に構想され維持されてきた「都市居住」のひとつの理想型が消えてなくなってしまうのは非常に残念だという思いを持っています。
ボリューム感を抑えたシンプルなデザインの低層建物。
隣棟間隔の妙による低密度さ。
あたかも「公園」のようなランドスケープ。
「建物」と、それ以外の「空地」という単純2分法ではなくて、
低層建物そのものが空地と一体化して、混然とした広い公園のような空間をつくっている。
おそらく、日本中、たぶん他にないほどの「気持ちのいい住空間」です。
そして、付け加えれば、
この「時間の蓄積」がつくってきた、としか言いようのない雰囲気がぜったいに再現不能であることを感じずにはいられません。
僕たちが、どんなに巧みなデザインを思いついたとしても、
追いつけないものが確かにあります。
歴史、時間、
土地固有の文化、
「家」に込められた住み手の強い想い..
それらはどんなに優秀な建築家であっても「つくる」ことはできません。
つくることはできないけれど、
「発見」して、「編集」し、残していく手立てを考える..
そういうことも専門家たちの役目なのではないかと思えるのです。
実際に住む人たちにとって、一刻も早い立て替えが望まれるのは確かです。
でも、単純な建替えじゃなくて、この「良さ」をうまく引き継げる何らかの方法が必要なんじゃないでしょうか。
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追記1
ここへ行くには、杉並区のコミュニティバス「すぎ丸」が便利です。
井の頭線の浜田山駅〜JR阿佐ヶ谷駅の路線が、途中、阿佐ヶ谷住宅のエリア内をぐるりと巡回します。
おっ、と思ったポイントで下車してください。
追記2
同じ前川國男事務所による同時代のテラスハウスが世田谷区烏山にもあります。
こちらは現在、立ち退きと取り壊しがほぼ進んで、あと数棟残っているだけです。