火の記憶、白熱電球は消えるのか。(後編)〜LED照明レビュー

おそらく白熱電球の代替として一番手となりそうな「LED照明」を使いはじめてみました。
たしかに利点はいっぱいあるらしいです。


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LED点灯色の研究が飛躍的に進んだこともあって、いわゆる「電球色」としての色合いは第一印象はマズマズ。
ただし、色に深みがないというか、ちょっと言葉で言い表しにくい感じが残るのは確か。
アナログレコードからCDに音楽の記録媒体が変わった、あの時期の感覚に近い。
デジタル音源に向いたマスタリングがまだ確立できていなかった時期のCD音質、みたいな。
再現レンジの幅が合理的に処理されてしまっている、とでもいうのか、白熱電球が持っていた独特のざらざら感を再現するに至っていないような気がします。
そう、あくまでも「再現」なのです。
思えば、白熱電球も「ガス灯」の再現だったのではないでしょうか。
ガス灯は蝋燭の再現、蝋燭は「古代のたいまつ」の再現。
もとをたどれば、「明かり」とは、古代の火の再現なのです。
明かりには、火の記憶が宿っている。
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..かといって、LED照明がダメなのかというと、決してそうではないです。
特に、その長寿命さは特筆すべき利点。
通常、白熱電球の点灯寿命が1000時間程度であるのに対し、蛍光灯は5000〜10000時間。結構、蛍光灯って長寿命です。
しかし、なんと、LEDの点灯寿命は数万時間ともいわれています。
毎日の夜間にずっと使ったとしても10年以上。実質的には、ほぼ取り替えなしですむわけです。
あと、蛍光灯などによってくる虫。イヤですよね。
紫外線を出さないLED照明には、原理的に虫は寄り付きません。
それらの利点をいかして、今回の僕の現場では外部の軒下にLED照明を採用してみました。
サイズも小振りで、なかなか納まりも良い。
天井仕上の杉材をちょっと細工して、半埋込のようにしてみました。
天井にセットして点灯させた状態が、上の画像です。
5個のLEDが並んだモジュール。
基本的には、このLEDの個数でワット数を決めています。つまり、明るい器具になるほど大きな器具サイズになってしまう、ということ。そこがデザイン的にはネック。
まぁ、その辺りはどんどん改良がすすんでいくことでしょうが。
LEDが同心円上に並んだこの点灯状態は、はっきりいってイマイチかなあ。
桜の花びらみたいでカワイらしいけれど。
やっぱり、見ためで言えば、白熱電球のほうに魅力があるなあ。
ところで僕は、白熱電球の魅力のひとつは「点光源」であることだと思っています。
電流がフィラメントという小さな場所に凝縮されて熱と光を発する、あの感じ。
「火の記憶」が、一点に凝縮されて燃えている…そんな状態が空間に柔らかく作用する。
点光源によってできる「影」は、その輪郭がくっきりします。
一方、蛍光灯や、このLED照明は光源が「1点」ではないために、影の輪郭がボヤけます。
断然、点光源によるくっきりした影のほうが空間をドラマチックにする効果があります。
それが「白熱電球の魅力」と言えるのです。
そう、古代の「火」も、じつは点光源なのです。
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さてここで、重要な話に移りましょう。
じつをいうと、
LED照明は真の意味での「次世代照明」ではないと、僕は考えています。
すなわち、この数年後には「有機EL」という発光部材の照明器具への実用化が控えている、らしい。照明の革命が起こるといわれています。
有機ELについては、こちら参照。
で、この「有機EL」、最大の特徴は「面」で発光するというものです。
ずっと人類が模倣再現し続けてきた点光源たる「火の記憶」が途切れる可能性があるのです。
宇宙は、ほんの小さな一点からビックバンによって始まり、世界は「点」としての火の記憶を信じ続けてきたのです。
そこでついに登場する「有機EL」。
まったく新しい「光」の登場です。
もしかしたら、世界の風景が変わるかもしれない。
今、「有機EL」のサイトなどで紹介されている利用法のイラストなどは、じつに発想が貧困なものばかり。
こんなもんじゃなくて、デザインの力によっては、もっともっとスゴイ世界が現れるはずななのです。
そのとき、「火の記憶」の呪縛から僕らはようやく飛び出しすことができるかももしれない。
そして、新しい創造の領域に踏み出すことができるのでしょう。