チビのLENNYとプチ氾濫原を行く
晴天の土曜日。
午前中に近場の現場を少しだけ巡回。その後は一日、次男の子守り担当。ママチャリの後ろにチビのLENNY(ほぼ本名)を乗っけて近所を疾走します。
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一般的な工務店は、土曜日は基本的にお休みではありません。
だから工事の打合せで、土曜日に僕が現場に顔を出すのは良くあること。
つまり、事務所での設計作業やら、現場での用事やらで、なかなか土日は休めないのです。
でも今日はその午前中の現場用事の後、久々にチビのLENNYとずっと過ごすことになりました。
目指すは「杉並児童交通公園」。
チビのLENNYお気に入りの場所です。
ちょっと遠回りして、樹々が色づいてきた「善福寺川」沿いの道を疾走していきましょう。
善福寺川は、杉並区のほぼ真ん中を大きく蛇行しながら流れる自然河川です。
その流域の一部、河川敷の広がる部分を利用して、緑地整備がされている場所があります。
都立公園の「善福寺川緑地」です。
「氾濫原(はんらんげん)」という地理学の用語があります。
一般的には平野とか三角州や扇状地くらいのマクロなスケールのなかで用いる概念なのですが、僕はこの用語を少しスケールダウンして考えます。
大きな自然概念をスケールダウンして、ヒューマンスケールで実感できる空間に適用する..というイメージ法です。
さて、
この緑地公園エリアはいわゆる小規模な「氾濫原(はんらんげん)」を活用したものと考えられます。
建物をたてたり、パーマネントな施設利用には適していません。
逆に、「氾濫原」を確保することによって、洪水被害のおよぶ範囲を適確に予測コントロールし、建物をたてる「安全なエリア」を計画的に確保するのです。
つまり「氾濫原」とは、自然地形を活用した、都市配置のためのインフラ装置と言ってよい。
ここ善福寺川での例は、その小規模版と考えられます。
氾濫という自然現象が、都市地形の形成要素となり「場所の特徴」を生み出します。
そして、都市の中に「詩情」を発生させます。
上の画像は善福寺川。
大きくうねるように蛇行しているのが面白いですね。
この川の大きなうねり具合が、住宅地としては独特の「迷路性」みたいなものをつくり出していて、不思議なスケール感と距離感を街並に与えています。
ちなみに、先日の記事「阿佐ヶ谷住宅」も、この善福寺川緑地に隣接しています。
ところで、
この「大きなうねり具合」と「スケール感」がつくる迷路性は、ベネチアにおけるCanal-Grande(大運河)と似ていなくもないですね。
下は、ベネチアの画像です。
建物と街路が密集したエリアの中を蛇行しながら貫くラインによって引き起される、「方位の攪乱」と「街路の分断」。
エリアをちょっと歩いていると、いつの間にか方位が分からなくなって迷っているうちに、突然「河川のある風景」に出くわして、パッと視界が解放される。
そういう面白さ。
河川の大きな「蛇行」がもたらす魅力的な効果です。
僕は、こういう自然と人工のハイブリッドな関係がとっても好きです。
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...なんてことを考えながら、その善福寺川緑地沿いにある「杉並児童交通公園」に到着。
チビのLENNYは、ここに保存されている蒸気機関車D51が大のお気に入り。
大声で「シュッパーツ進行!!」と絶叫しながら、夢中で運転(のマネ)。
...なんとも微笑ましいというか、
父親としての幸せを感じる瞬間です。
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おまけ。
本家LENNYさん。
力強くて、しかも、しっとりとやさしい。
人間もハイブリッドなのが良いですね。




